10JOYCのメンバー紹介。後、もう少し。
不思議な巡り合い、、。 有難くて、嬉しくて、懐かしくて、、。
さて、YZさん。”炎の男”。
県の組織は、知事部局(一般行政)、警察本部、教育委員会、各種委員会の四つに分類される。
その一つ、宮崎県教育委員会。「公立学校の教育方針や予算を決め、教職員人事を行う」機関。最高責任者は教育委員長。事務方トップは教育長。元締めは総務課。
20数年前。教育行政はド素人の私。あろうことか、要の総務課長を拝命。「S教育長(伝説の教育者)の下、教育改革」の大任を仰せつかった。
驚いたのは「教育委員会の雰囲気(ネットリ)=知事部局(サバサバ)とは異質なモノ」。会議、打ち合わせ、決裁はおろか、朝夕の挨拶まで違うこと。
「ダイレクトに言えば、私への警戒感=どんな改革をやるのか?=教育の本質を知らない新参者に、築き上げた伝統を壊されたくない、死守しようとする心の表れ。」
「極端な言い方だが、周りは、みんな敵。」
「こんな状況の中、改革? どうすればいいのか、、?」頭を抱えた。
「一人では、何も出来ない。一緒に闘ってくれる同志を探すしかない。」と決意。
最初の1年、全ての教育事務所、小・中・高校、支援学校100校の現場を訪ね、探し回った。
最後に訪問した宮崎教育事務所。所長、20数名の職員を前に、「教育改革の必要性(=小学校、中学校、高校の連携=今では当然のことのように言われているが、当時は意識は低かった)の決意表明。」
質問に移った。それまでの訪問では質問など皆無。「ここも同じ。何も出ないだろう、、?」と空しい気持ちに襲われたその時。一人の男が「ハイ」と大きな声で立ち上り、「教育事務所、学校現場が抱える問題を披歴し、改革も大事だが、その前に、現場の声に耳を傾け、しっかりサポートしてもらいたい。」と熱く訴えた。
それがYZさん。「最後に現れた”炎の男”。この男と心中しよう。」心に決めた。
翌年4月、総務課長補佐に異動。私とタッグ(二人ともラガーマン)で、「あらゆる改革」にアタック。重く厚い壁に挑み、何度も跳ね返されたが、最後はトライ。「生きる力を育む宮崎ならではの教育=生徒の個性を尊重し、社会に送り出す。小学校・中学校・高校の役割と連携」を理念とする「新たな宮崎県教育基本方針を策定。教育委員会会議で承認、県議会からも高く評価された。
壁にぶち当たり、打ちのめされる度に、二人、ニシタチで”アリス”を絶叫。「何で分かってくれんとですかね、、。子供たちの為に何が何でも闘い、成し遂げましょう。」語り、涙するYZさん、、。
あれから20数年。「県ラグビー協会会長の座を捨ててまで、国体の在り方、山之口陸上競技場問題を正す。その一徹さ。」昔のまんま。
If? 私が学校や教育事務所廻りをしなかったら、、?
If? あの時、YZさんが勇気を持って訴えなかったら、、?
「YZさんを知ることはなかった」だろうし、そして「10JOYCも生まれていない」だろう、、。
今、田んぼや畑で、Ms.Kの指導を受けるYZさん。
”炎の男”を想像しながら、動画を見て下さい。その”ギャップ”が実に面白いですよ! !(^^)!
それにしても、二人の美女。よう働く! フフフ。
「不惑のスクラム」もビックリでしたが、今度は北迫さんの詩画集、、。
ミステリー? 次は何かな、、?
【畑のそら豆。咲いたよ。スイカ、頼むよ。】
コメント
コメント一覧 (1件)
If先輩へ
改革の嵐が吹き荒れ、修羅場の連続、あの柔和な教育長もハラハラだったことでしょう。
声をからしてかわいい職員を叱咤激励し、あげくは部下のマイクを取り上げてアリスを絶叫するなど、公私にわたり徹底的に鍛えていただいたこと、心から感謝しております。
微力ですが、これからも田んぼと畑つくりを頑張りますのでご指導お願いします。
会長職はさておき、国体の在り方改革は、自分の使命と心得、社会に問い続けます。
どうぞよろしくお願いします。YZ