これは”いい話”。
西日本新聞東京支社のYさんから「サッカー界のレジェンド、ベッケンバウアー」さんを偲ぶ記事(2月14日付け)が送られてきた。(経緯は1月18日投稿)。
2002年Wカップ日韓大会。ドイツとスウェーデンの宮崎キャンプのエピソードも紹介。
「スポーツランド宮崎を大きく成長させた大会だった」とのお褒めの言葉。
「思いがけず頂いた”ご褒美”」。ドイツキャンプに奔走したMさん初め、関係者と「素直に喜びを分かち合いたい!」
人生、捨てたもんじゃない。22年を経て、咲く花もある、、。( ^)o(^ )
因みに「ドイツが宮崎を選ぶ決め手になったのは、”芝”。」
ドイツサッカー協会幹部をグラウンドに案内した時、「膝まづき、青々とした芝を手で触り”パーフェクト”」と絶賛。
「ドイツが来る」。胸が高鳴ったこと、はっきり覚えている。
暑い夏も寒い冬も愛情を込めて「芝を管理してもらったグラウンドキーパーOさん等のお陰」である。
「ドイツキャンプ宮崎決定」報道の後、私はOさんを訪ね、芝を絶賛した事に触れ、「これはOさんたちの手柄。ありがとう!キャンプ期間中もよろしく頼むね。」の言葉を捧げた。
Oさんたちも一緒に喜び、握手して別れた。
「今、スポーツランド宮崎の隆盛があるのは、自然環境やオモテナシの心に加えて、Oさんたちのような現場で支えている人たちがいる事」。K知事や幹部の皆さんにも知っていただきたい。
そして、グラウンド整備する光景を見られたら、是非「感謝とねぎらいの言葉」を掛けていただくと有難い。
【西日本新聞。現在宮崎では販売所がなく、残念だが、県民はこの記事を知る機会はない。】
2部送ってきた新聞、1部はMさんに上げよう。
【激動の2002年。その裏話は後日。】
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