私が住む、宮崎市大塚台西2丁目。
家を建てた頃は、子供たちで溢れていた。
40数年経った今、高齢化率50%、すっかり様変わりした。
一人住まい、夫婦とも体が不自由、坂が多く買い物が困難などなど一年一年問題は大きくなってくる。
”共助”(地域で出来る事は地域でやる)。精神論は分かる。
だが、若者がいない街では、道路掃除や公園の草取りは勿論、回覧板でさえ無理な人たちが増え、自治会役員の頑張りだけでは、地域の安心・安全は維持できない状況になるのは、もはや時間の問題。
人口減少、少子高齢化の問題。農山村だけではなく、わが街にも押し寄せている。
そんな中、家に籠らず、人との交流を楽しみ、元気に過ごされている方(ごく一部)がおられる。
良いお手本!
住宅供給公社の土地。債権放棄された3区画。400人の応募。当たったくじ。
西都を出て、宮崎に住む決断。我が人生の大きな分岐点だった。
人は隣人までは選べない。「いい人たちに巡り合えたこと」に感謝しています!
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