「苦あれば楽あり」と言う。
平成25年(2013年)8月8日スタートした10JOYC。
エコクリー事件と深い関わりがある。
平成19年宮日新聞がエコクリーン問題をスクープ。マスコミが集中攻撃。県政大混乱。関係市町村怒り爆発。県議会猛烈批判。21年私たち(平成17年度宮崎県環境整備公社役職員5人。私は実質的責任者)は刑事告訴(背任)。不起訴となるも、22年公社は不服として検察審査会に不服申し立て。
家族共々苦しみ悩んだ。
親しかった上司や同僚、部下のほとんどが、私から逃げるように離れ、孤独と闘った。
それから3年経過した25年。依然として、エコクリーン事件に対する県民の目は厳しく冷たかった。
つまり、刑事告訴(背任)の訴追は免れたものの、私たちは「公務員のクズ同然の扱い」だった。
そんな状況下。仲間(困難な仕事を共に闘ってくれた同志)は、社会的地位を確立。私との関わりは社会から批判される恐れがあるにも拘わらず、私を見捨てず、支えてくれたのである。
それは普通あり得ないこと。
それだけでも十分感謝せねばならないのに、、。
25年8月8日。無謀にも、仲間の立場も弁えず、集め「10人集まれば10の楽しみがある。それらを独り占めにせず、分かち合って、みんなで楽しみましょう。」
そんな「訳の分からん話をした」こと。鮮明に覚えている。
あれから12年。メンバー二人他界、数人は脱退したものの、乱入した美女たちが異次元の楽しい世界に誘ってくれて、コロナを乗り越え、分断が拡がる今も生き残っている。
振り返ると不思議、ハプニング連続。明確には答えられないが「かけがえのない価値あること」だと思う。
私が今、悪戦苦闘しながらも、恨み言を言わず、耐え、生きていられるのは10JOYCのお陰。
仲間と美女の皆さん、この12年、アバウトな私に付き合って頂き、本当に本当に、ありがとうございました!
【新年会。衆議院選挙を考慮し、1月末で調整中。】

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