(道の駅南郷にあった絵手紙。そうありたいが、、。)
県庁は「いろいろな仕事」がある。
初めての福祉。それまで生きて来た世界と「見るモノ聴くモノ全てが違った。」
児童養護施設。孤児、虐待、育児放棄etc、、。「恵まれない子供たち」の保護・養育施設。
郷土の偉人石井十次が設立した”岡山孤児院”。その先駆けとなった。
宮崎には、県立と民間立の施設が複数あり、幼児から高校生まで幅広い年齢層が共同生活している”家”である。
「社会の冷たさ、厳しさが待ち受けている子供たち」。「そんな未来に、少しでも夢と希望をつなごうと」、「献身的に働く職員の姿を見て」、「県の仕事の奥深さ、自己研鑽の大切さ」を痛感させられた。
着任挨拶を兼ねて、県立施設を訪問した時。
食堂、談話室兼勉強部屋は「こんなモノか」と思ったが、「子供たちの部屋(寝室)のドアを開けた時の衝撃」は、忘れられない。
「二段ベッドがひしめいていた。まるで”カイコ棚”、、。」
「ここに何人寝るのですか?」
「?人です。」
「そら、いかんでしょう!」叫びたくなるのを必死で抑えた。
案内してくれた職員には何の責任もないのだ。
「不遇な子供たち。ただでさえ、爆発しそうな気持になるのに、?人も同じ部屋で、、。」
施設の設置基準は国が定め、「児童一人当たりの居室面積は基準に合致しており、特別問題がある訳ではないのだが、、。」
「何とかならないものか?」
「そんな想い」が頭から離れなかった。
職場に帰り、上司に「状況を説明し、県立施設ですから、子供の居室はせめて2人部屋にすべきだと思います」。
「施設整備=居室の改善。財政課と協議させてください。」と申し出、了承された。
当時のS財政主幹は「話の分かる人」だった。
「現場も一緒に見てもらい」、「知事協議まで上げよう」と、「資料作成の手ほどき」も受けた。
構想は発展。「県立児童福祉施設の移転改築整備計画(案)」がまとまった。
3年後?(私は異動)。完成を報道で知り、「子供たちの喜ぶ姿」を思い浮かべ、「県職員のやり甲斐」を初めて味わった。
要はヒラメキと度胸。
やるか?やらんか?である。
【全国展開の障がい者施設の不正。愕然!人は悲しい生きモノ!】
【今夜、恒例のゆうとく亭。楽しみ! !(^^)! 】
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