今日のテーマ。難しくて考えがまとまらない、、。
朝日新聞。正月からAIを特集。
次男がAIと言う怪物に挑んでいる。
父として、いつまでもデジタル音痴を言い訳にもできず、「AIを使えないまでも、AIがどんな世界なのか?」興味深く読んでいる。
AIは今、世界のあらゆる国のあらゆる人があらゆる分野で、親しみ活用されている。
その一方で、依存過多、フェイク動画拡散など社会問題化している現実を知り驚嘆と愕然が混濁、、。
AIは怪物。圧倒的力を持ち、人間はとても敵わない。
政府も新年度予算にAI投資を大幅拡充した。
近い将来、定型的な仕事は言うまでもなく、社会の仕組みを変え、「私たちの日常生活まで入り込み、占有してしまうのは間違いない」と観念した。
問題は「私たち国民(高齢者や障がい者も)が、AIと、どう向き合い、どうすれば共生できるか?」ということ。
「人間は言葉と知性と感性」を持つ「地球で唯一の生き物」。
知性と感性。少なくとも私たち昭和の時代までは、自然や両親や友達、学校や地域で育まれ、大人になれば、各人多少の違いはあっても、社会の一員を担う”自覚”は備わっていた。
ところが今、「○○ファースト」が跋扈・席巻。
世界のリーダーが平然と社会秩序や倫理を崩壊。
「そんな風潮の中で、感性や知性の領域までAIが支配する時代」が目前に迫っている。
その時、一体人間はどうなるのだろう、、?
子供たちは知性や感性をどう育んでいくのだろう、、?
「AIは正しく指示すれば、瞬時に平均的・常識的な答えを出してくれて」非常に便利ではある。
が、「考えることが面倒になり、常にAIに答えを委ね、個性や特性が失われ、画一的な人間ばかりになり、効率優先のゆとりのない社会になってしまうのではないか、、?」
単純な疑問だが、そう考えると怖くなる、、!
今まさに、その分かれ目。
AIは「あい」とも読める。
「AIに”愛”を注ぎ込む」ことは出来ないのだろうか、、?
【大寒波の中ゴルフ、夜ゆうとく亭。】
元気高齢者について行くのは大変!( ^)o(^ )
【衆議院解散。2月8日国民が答えを出す。】
【T大統領。グリーンランド領有に関し、強硬姿勢転換?】

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