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分岐点を左。9割我慢。そして今。

先日、種まきの帰りの車中。Ms.Kが話しかけてきた。

「Ifさんの周りには、いつも、いい人たちがいるのね。言葉は変だけど、死ぬ前に、こんなに楽しい時間が作れて幸せですね。」

いい年をしたオジサンたちが美女たちと種まきやバーベキューを楽しむ姿を見て、そう感じたのだろう。

10JOYCとの関わりはまだ浅い彼女が、そんな風に思ってくれているのが嬉しかった。

「みんないいじゃろ。俺がコン人と思って選りすぐった人じゃもん。10JOYCが何で出来たのかを話すと長くなるから省略するけど、みんなそれぞれ厳しい道程を乗り越えて繋がった人たち。単なる仕事上の付き合いだったら、種まきにわざわざ宮崎から国富までコンわね。」

「それで俺が不思議に思うのは、何で、美女たちが加わり、一緒に楽しんでいるのか?ていうこと。そもそもは、ある会合でSさんと出会ったのが縁の始まり。10JOYCに誘ったら、即入会、畑をタダで貸してくれて、米良大根の種まきをした後、Sさんと皇宮の森に行き、”Oさんの鯖寿司”をご馳走になり意気投合。それで俺がOさんに夜飲み会を頼んだら、そこに宇宙人Mさんが手伝いに来てて、急展開。まだ知り合って間もないのに俺やTさんは還暦パーティーに招待され、貴女と出会った次第。それから千葉の超変人、信州旅行、進水式、田んぼの会に繋がるのだからね、、、。もう本当に不思議。死ぬ前にこんな楽しい思いをさせてもらって、俺は本当に幸せ者だと思うよ。」

この不思議は、いつか書こうと思っていた。Ms.Kの一言が扉を開けてくれた。

それもこれも、分岐点を左に進んだから。

右が無難、普通なら右を選ぶ。

左に行くのは厳しい事は分かっていたが、心が許さなかった。

あの分岐点、その分岐点、次も、その次も、左に進んだ。

大きな困難にぶつかり、理不尽な仕打ちも受けたが、必死に耐え、何とか乗り越えることが出来た。

振り返れば俺の人生、9割は我慢だったかな、、、?

そして、ある、今、、、。

【昨日はサービスデー。これで、また美女たちと遊べる。(笑) 道の駅たるみず】

 

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